2019年7月13日(土)に行われた、「社会科学基礎論研究会 2019年度 第1回研究会」で報告された、河田純一(大正大学大学院) さんの報告要旨を公開いたします。


報告者:河田純一(大正大学大学院)
    共同体の物語の可能性

    ――「自称若手」がん経験者のセルフヘルプ・グループを事例に――

    司会:張江洋直


研究の目的
報告者は、これまでがん経験者の「がんになって以降の」新たな自己アイデンティティの再構成過程を、A. ギデンズの再帰的自己論(Giddens 1991=2005, 1992=1995)を分析の理論的枠組みとしてライフプランニングの再編成に注目してきた。本報告の目的は、複数のセルフヘルプ・グループ(以下SHG)に参加するがん患者・経験者の自己アイデンティティが、それぞれのSHGに参加することでいかに再構成されるのかを明らかにすることである。

研究対象と研究手法
報告者は、2017年から、「自称若手」がん経験者のセルフヘルプ・グループ(Self- Help Group:以下SHG)である「自称若手がん交流会(仮称)」において、参与観察および参加者へのインタビュー調査を行ってきた。本報告では、そのうち、複数のSHGへの参加経験があり、「自称若手がん交流会(仮称)」を始め、複数のSHGの中心メンバーでもある慢性骨髄性白血病(CML)患者のEさんの語りを分析する。Eさんは、CML告知後に、主治医に紹介されたCML患者会Iと、がん患者でもある同僚の紹介で参加した自称若手がん交流会という2つのSHGに参加していた。本報告では、Eさんが、2つのSHGをたどり歩く過程を、「共同体の物語」の視座を用いて、それぞれの組織や活動の特徴とEさんの自己物語の視点から検討した。

主たる結論
疾患別患者会であるCML患者会Iの「共同体の物語」は、「CMLについて学ぶ」こと、さらに「慢性疾患としてのCMLの苦しみを共有し、その付き合い方を知る」ことに基づいていた。Eさんは、CML患者会Iへの参加によって、CML患者同士という同一性の感覚によるコミュニティ意識を抱き、「社会の役に立つ」ためにSHGでの活動に邁進するという新たな自己の役割を獲得した。しかし、CML患者会Iでは、CML以外の疾患に由来する慢性的な苦痛を前提とした、「白血病は楽」というEさんの自己語りは受け入れられなかった。さらに50、60代の人とは悩みが違うという、世代の差が、EさんがCML患者会Iを離れていく要因になった。
その一方で、自称若手がん交流会の「共同体の物語」は、「AYA世代でも、50~60代以上でもない『自称若手』のがん経験者」が、「ご飯食べて友達作って笑って、悩みを語ってもいい自由な場。笑顔になれる場だし楽しい場。いろんな人に来てもらって、いろんな人に出会える酔っ払いの場」というものである。同交流会は、Eさんにとって活動の中心の場となっていく。
CML患者会Iの「共同体の物語」は、Eさんのがんになって以降のライフプランニング、そしてアイデンティティをポジティブに再構成するきっかけとなった。だがそこには、同時に離れていくことを促す齟齬も内包されていた。しかし、CML患者会Iを離れたEさんの経験は、自称若手がん交流会の運営に再帰的に反映され、「年齢やがんの種類に係わらず楽しくお酒を飲める場」という「共同体の物語」を構成し、維持する重要な要素となっていた。

参考文献
Giddens, Anthony., 1991, “Modernity and Self-identity: self and society in the late modern age”, Stanford University Press.(=2005, 秋吉美都・安藤太郎・筒井淳也訳『モダニティと自己アイデンティティ――後期近代における自己と社会』ハーベスト社.)
伊藤智樹 2013「ピア・サポートの社会学に向けて」伊藤智樹編著 2013『ピア・サポートの社会学――ALS、認知症介護、依存症、自死遺児、犯罪被害者の物語を聴く』晃洋書房, 1-32.
Rappaport, J. 1993, “Narrative studies, personal stories, and identity transformation in the mutual help context,” The Journal of Applied Behavioral Science, 29(2): 239-256.